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言語化のカタルシス |
2011/04/29(Fri)
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久しぶりに古巣に戻ってきた。 なんと、前回の記事は3か月以上も前。まさに震災前だ。 震災はプライベートにもかなり影響したが、そのことについてことさら記事にすることは ...たぶんないだろう。 今回こんなに間が空いてしまったのは確かに震災のごたごたもあるけれど なによりこの場でまとまった文書を書き上げたいという欲求が 以前のように自分の中から湧き上ってこなかったから。 愛人諸氏との逢瀬記録を書き連ねるというある種のワンパターン化に 自分自身がちょっと飽きてしまったのもある。 また愛人メンバーの入れ替わりがあり、その流れが速く旬な話を 記事にするには気持ちが追い付かなかったというのもあった。 その中で一番の理由はやはり「別の場」を持ったということだろう。 私の分身であるふたごの妹ももじゅくが日々言葉を綴る場所だ。 昨年のちょうど今頃、なんとなく勢いで持ったその場は文字数制限があるものの まさにその時思った気持ちをダイレクトに反映させることができる場だった。 自分の思考や気持ちを言語かし文章として残すということは 私にとってある種のカタルシス的なものでもあり、心の浄化作用がある。 要は日々の思いを言葉に、言語に、文章にしたいという欲求が 他の場を通してある程度満たされてしまったからだ。 その形がここにも【ももじゅく語録】としてUPされている。 140文字の制限に対して起承転結とはいかないまでも いくつかに分割して書き綴ることに物珍しさと一種の快感があった。 またその文章に対するリプライという名のオン・タイムの反応も 新鮮で面白かったのかもしれない。 記事に対するコメントと言うよりチャットのような気軽なやりとり。 元々の飽き性な上に新しい刺激好きな性分が、新しい別の場へと 興味の対象を移してしまっていた。 だが、ここに来てその新しい場も一年が経ち目新しさを失い日常となった。 最初の頃のように起承転結的な【ももじゅく語録】も徐々に少なくなり 交流中心の24時間チャット状態になってくると、なぜか少々物足りなくなる。 もちろん交流自体はとても楽しいもので、おかげでさまざま話をする機会が増えた。 新しい知り合いも増えて、それはそれで別の楽しみを与えてくれる。 それでも、やはりそれは書き綴る楽しみとは別のものだ。 カタルシスを感じるにはやや一方的な要素が必要なのかもしれない。 新しい愛人メンバーも定着しつつある今、またその気持ちをまとまった形で 書きたいという欲求がここ最近徐々に沸いてくるようになってきた。 「別の場」とは違ってオン・タイムではなく時間をいったりきたりで 少々入り乱れた形で書くことになるかもしれないが。 それもまた、「別の場」と違った趣きで楽しいかもしれない。 さて、まずは何から書き始めようか。 |
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